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筍の黒人?白人?

5月7日

 久しぶりに筍堀をしました。

 竹林が山の斜面なので、上り下りでかなり疲れましたが、心地よい汗をかく程度で終えることができました。

 筍の味の良し悪しについての知識は、私は全く持ち合わせておりませんが、知人が曲がった筍のほうが良い味だと言っていました。

 先日の筍堀では、30年来のベテランの友人が「これは白人やな。」と言っていて、何のことを指しているのかわからず聞き返すと…

 筍の川の白っぽいのが「白人」黒っぽいのが「黒人」ということらしく、白いほうが柔らかくおいしいのだと教えてくれました。

 あくまでも、友人が勝手にそう呼んでいるだけで、すべてに共通するものではないと思いますが…

表現の仕方にもいろいろあるものだと感じ入った次第です。


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2015年5月7日

筍堀り

5月2日

 5年ぶりだと思いますが、友人の実家に筍堀に行きました。

 山の中の一軒家で、見渡す限り田んぼ。

 玄関までの登り道には、赤やピンクの霧島の花が咲き誇り、我々を歓迎しているかのようです。

 田んぼの土手には、野生のフキが群生しています。

 2時間かけて、約30本の筍を採ることができました。

 いつものことですが、力仕事をすると必ず手に豆ができます。

 今回は1個だけだったので、要領よくできたのではないかと思います。

 最後に、野生のフキも摘んで帰りました。


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2015年5月2日

初めての優勝

4月30日

 東京から帰郷して喫茶店を始めた頃、母校の軟式テニス部のコーチを3年間したことがあります。

 全生徒が部活に入るという規則があり、女子が50人ほど、男子が10人程度入部していました。

 しかしながら、この大人数に対してコートが3面しかなく、全員が同時に練習することはできません。

 そこで私は、3年生の女子を中心に「どうしても勝ちたい!!」というヤル気があるなら、早朝練習をやらないか?と提案し、早朝6時からの夏休みの練習が始まりました。

 その後、大川郡での大会で初優勝を飾ることができました。

 これをきっかけに、県大会にはコーチとして引率し、その後2年間 部の面倒をみました。

 その時のことを、父兄の方によく感謝された思い出が、今も鮮明に残っています。


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2015年4月30日

ただ一人のオカッパ頭

4月27日

 私の中学時代は、苦難の連続だったかもしれない…

 前にも述べたように、親父の仕事の都合で坂出に移住していました。

 ようやく故郷の引田町に戻れたのは、小学校を卒業した年でした。

 帰郷して1週間後に引田中学校での入学式があり、入学式で廻りを見渡すと、すべての男子が「坊主頭」でした。

 私はといえば…オカッパ頭

 担任の先生には「坊主頭にしなさい。」と指摘されました。

 母に相談すると「アメリカでは、囚人が坊主頭にするくらいで、頭を守るために髪がある。」という、母の考えから、卒業するまで坊主頭になることはありませんでした。

 ただ一人のオカッパ頭ということで、川に落とされそうになったこともありますが、それがイジメだとは思いませんでした。

 たくさんの友達ができ、楽しい学生生活を送りました。


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2015年4月27日

小学校時代の思い出~坂出編~

4月24日

 小学校2年生の途中、親父の仕事の都合で坂出に移住したことがあります。

 確か…小学校4年生の時、酔っ払いが校舎で火事を起し、少しの間学校が休みになりました。

 急遽、坂出高校のプール周辺にプレハブが1棟建設され、そこで2教室による事業が再開されました。

 登校するときは、高校生のお兄さんやお姉さんが一緒なので、とてもワクワクしたのを覚えています。

 高校の周りには、多数の田んぼがあり、そこでフナやオタマジャクシ、ザリガニなどを採取したりして遊びました。

 過去を懐かしむのは、自分が年をとった所為かもしれません…。


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2015年4月24日